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浦和地方裁判所 昭和33年(わ)325号 判決

被告人 高村醇

主文

被告人を懲役四年に処する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和三三年五月二六日午後一時ころ、杉崎英雄と共に、上尾市大字上尾村一、〇八〇番地酒造業鈴木きそ方前道路上に差しかかつた際、折から同所を通りかかつた大図大佐久(当三六才)に出会うや、被告人等は共謀して同人の頭部顔面を足蹴りしているうち、杉崎が「金を持つてんだべ、取つちやえ」と言うや被告人もこれに和して、ここに金品を強奪することを共謀して、更に続けて同様足蹴りして暴行を加え、その反抗を抑圧した上、同人所有の現金六一五円、身分証明書一枚を強奪し、その際前記一連の暴行により同人に対し全治一〇日間を要する眼囲打撲性皮下出血、前額部擦過症、同部打撲裂創等の傷害を負わせたが、その傷害が金品強奪の犯意の生ずる前後いずれの暴行によるのか明らかでないものである。

(証拠の標目)(略)

(法律の適用)

法律に照らすと被告人の所為中強盗の点は刑法第二三六条、第六〇条に、傷害の点は同法第二〇四条、第六〇条に該当するところ強盗と傷害とは一個の行為にして二個の罪名にふれる場合であるから、同法第五四条第一項前段、第一〇条によつて重い強盗罪の刑に従い、犯罪の情状に憫諒すべきものがあるので同法第六六条、第七一条、第六八条第三号により酌量減軽した刑期範囲内で被告人を懲役四年に処する。なお、ここで本件について強盗傷人罪の成否について一言しておこう。思うに強盗傷人罪を構成するためには傷害が強盗の機会に於けるものでなければならないといわれている(大判昭六、一〇、二九集一〇、五一一。最判昭二四、三、二四集三、三、三七六等)が、その意味は強盗行為と傷害との間に場所的、時間的関係があるというだけでは足りないので、傷害が強盗犯人によつて惹起されたものであることを絶対の要件とする。そして、右強盗犯人によつて惹起されたといいうるためには犯人が強盗の犯意を生じた後の傷害であることをいうのである。(なお最決昭三二、一〇、一八集一一、一〇、三七九も強盗の犯意を生じた以後の傷害に関する事案である。)然るに、本件に於いては前示認定の通り大図大佐久が判示の傷害を受けた事は証拠上争いのないところであつてその傷害は強盗の犯意を生ずる前後に亘る暴行に起因することも証拠上明らかであるが、その傷害が果して強盗の犯意を生じた後の暴行によつて生じたもの、即ち強盗犯人に因つて惹起されたものである点については遂に証拠上これを明確にすることができない。果して然らば被告人の本件所為を強盗傷人罪として問擬することはとうてい許されないところである。次に、然らば右証拠上明認できる傷害の点を本件において如何に評価し、擬律するかがここで問われなければならない。この点について、先ず、この傷害が強盗の犯意を生ずる前後の暴行のいずれに起因するものであるか不明であるから、暴行=傷害としての罪責を被告人に帰せしめ得ないのではないかとの議論もあろう。この見解は、強盗の犯意を生ずる前後の暴行をその犯意を生ずる時期を劃して二個の暴行と考えることによるものである。なるほど、強盗の犯意を生じた後の暴行は強盗罪の手段としての意味を有する。そして又、その前の暴行は単純な暴行としての意味しかないことは否定できない。が然し、それは暴行に対する法的評価の問題である。その評価の対象としての行為は、本件に於ては既に認定したとおり僅々五分か十分の間に一個の身体侵害の意思の発動に基くまさに一聯の行為である。この一聯の暴行が強盗の犯意を生ずる時期を境として二個の異る法的評価を受けるからといつて、そして又本件傷害がその二個に評価される暴行の何れに起因するものか不明であるからという理由をもつて現にこの一聯の暴行によつて生じた傷害の結果を不問に附し、或は刑法上これを評価できないとすることは決して正しい解釈態度ではない。証拠の観点からいえることは最低限本件に於ては被告人に対し強盗傷人罪としての罪責、或いは強盗の犯意を生ずる前の暴行に基く傷害罪としての罪責を帰せしめえないということだけである。本件大図大佐久の受けた傷害が被告人の行為に因るものであることが否定できない以上この傷害について被告人が罪責を免れないことは蓋し当然である。更に又、この場合、右一聯の暴行に起因する傷害を別個に単純傷害罪として評価し、被告人に強盗罪の他に傷害罪の罪責を負わすことになれば強盗の犯意を生じた後の暴行については、これを強盗罪として、即ち、その手段としての暴行の点に於て既に評価しているのであるから、傷害罪として罪責を問うとすれば一個の暴行を重ねて評価し罪責を負わす結果を来たすのではないかという疑問がある。然し、それは当らない。本件において現に生じた傷害の点を、単純暴行及び強盗罪として評価しただけでは、評価しつくしていないことは異論あるまい。やはり傷害の点はそれなりに別個の評価を受け、この点については暴行及び強盗とは別に被告人の罪責を問わなければならない筋合である。もし、その際暴行の点について二重の評価を受けることがあつても、それは被告人の行為にして二個以上の罪名に該る限り当然の事である。刑法は想像的競合罪の処分に付ては当然にかかる事態の発生を予定しているものというべきである。そして、被告人の本件行為を以上のように刑法上理解し罪責を負わすことは健全な社会の通念にも合致するであろうし、機能的解釈としても正当な所以であると信ずる。従つて、当裁判所としては本件被告人の所為は一面に於て強盗罪としての罪名にふれることは当然としてその手段たる暴行と、強盗の犯意を生ずる以前の暴行とが一聯の暴行と解せられる限りこの暴行に基く傷害と右強盗罪とは一個の行為にして二個の罪名に触れる場合として処断せられるべきものと解した次第である。よつて訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項を適用して全部被告人の負担とし主文のとおり判決する。

(裁判官 伊沢庚子郎 谷口正孝 近藤和義)

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